CHAPTER04道路インフラの塩害を減らすために
車載式路面水膜厚測定装置と
凍結防止剤最適散布判断車両を開発
学術研究院工学系部門 講師 藤本明宏 × 山田技研株式会社 山田忠幸
左:藤本明宏
兵庫県出身。福井大学工学部環境設計工学科卒業後、同博士研究員、土木研究所寒地土木研究所研究員等を経て2017年に現職に就任。降雪時の路面滑り抵抗値推定法や凍結防止剤散布により発生する被害など、冬期の道路管理に関する研究を中心に取り組んでいる。
右:山田忠幸
福井県出身。北陸学園北陸高等学校電気科卒業後、設備会社に勤務する傍ら雪氷計測センサーの開発を行い、昭和62年(1987)に山田技研を創業。冬期における道路?鉄道の安全と快適性を目標に各種センサーの開発等に力を注ぎ、製品は全国の高速道路等で活用されている。
研究の目的?内容
冬期、降雪地帯の道路には凍結防止剤が散布されますが、本剤に含まれる塩化ナトリウム等の塩分による鉄製の橋梁やコンクリートの劣化、植物や自動車などに与える悪影響の問題が近年明らかになっています。自動車のスリップ防止等の安全性を確保しながら、道路インフラを塩害から守り、寿命を延ばしていくには、凍結防止剤の散布量を必要最小限にとどめる技術が求められています。
そこで、本課題に従前から取り組んできた山田技研株式会社が開発した「塩分濃度測定車両」に、大学の研究から開発された「凍結防止剤散布後の路面すべり摩擦係数μ(※)を推定するソフトウェア(冬期道路改善シュミレータWiRIS)」を組み込んだ「凍結防止剤最適散布判断車両」の開発を目指します。
※二つの物体の接触面に平行にはたらく摩擦力と、その面に直角にはたらく垂直抗力(圧力)との比。「滑りにくさ」を表した係数で、この数値が大きいほど滑りにくい。
成果
凍結防止剤の最適な散布量を判断するために必要な水膜厚を測定する方法を、山田技研株式会社の塩分濃度センサーの仕組みを基に開発。測定装置として完成させ、同社の「塩分濃度測定車両」に搭載し、2019年には「苫小牧寒地試験道路」と実際の道路で実用化に向けた試験を行う予定です。
国内外で顕在化する
凍結防止剤による塩害に挑む
藤本?山田社長にお会いしたのは、雪工や雪氷の学会の席でしたね。以前から毎年のようにご一緒させていただいたので、御社が長年に渡って道路の雪氷対策技術の開発に取り組まれておられることをよく存じ上げておりました。
山田?私の方でも、藤本先生が路面凍結の問題に関する研究を続けておられることやその内容について概ね承知しておりましたので、共同研究のお話をいただいたときは快くお受けした次第です。
藤本?ありがとうございます。今回の研究では、道路インフラの塩害対策として、塩害の原因となっている凍結防止剤の最小散布量を算出する技術の開発を目指していますが、山田社長は以前から道路の雪氷対策に向き合われてこられたのですよね。
山田?ええ、弊社は創業31年になりますが、会社を興すに当たってのテーマが雪と凍結状況を観測するセンサーの開発でした。当時、新潟で発生した大規模な地盤沈下の原因が、融雪に地下水を使用したためといわれており、そこで、同様の被害が福井で起きないよう、地下水の使用削減のために、雨と雪を区別するセンサーを開発し、国や県などの道路管理に役立てていただきました。その後、近年になって問題視されてきたのが、凍結防止剤散布による塩害です。特に鉄の橋梁やガードレールのさびはひどい状況です。私なりの試算で、塩分を1g減らすと、どれくらい設備寿命が延びて、どれくらい投資しても採算が合うのかを計算してみたところ、かなり経済的にプラスになることがわかりました。今回の研究成果で塩害に伴う社会負担を減らしていくことができれば、海外で同様の問題を抱える国でも活用され、国際的にも注目されるのではないかと思います。ただ、事故防止を最優先に考える道路管理者側から見ると、凍結防止剤の散布を減らすというのはそう簡単なことではないですね。
藤本?そうですね。しかし、北陸自動車道は場所によっては建設から50年近く経ち、この間に撒かれた塩の量は1km当たり1,000tです。これまで凍結防止剤の散布による塩害が取りざたされることはなかったのですが、近年になって橋梁が塩害によりコンクリートが傷み寿命が縮んでいるとの報告が上がってくるようになり、また、道路インフラの長寿命化や点検技術の強化という話は今後益々重要になります。また、実は塩害というのは自動車への悪影響も考えられ、今後、車がさびたのは道路管理者の責任だという方向へ向く可能性も考えられます。橋梁のさび等、深刻化している状況や道路予算の縮減から見ると、今後、凍結防止剤の散布量削減を考えないといけないところまで来ていると言えますし、一方では、散布する場合の必要性をしっかり説明するための根拠を得る技術が必要となってきます。私たちが進めている研究は、道路管理者が説明責任を果たすための資料づくりにもなると思っています。
山田?先生の研究と弊社が培ってきた技術がコラボレーションすれば、凍結防止剤による塩害対策の動きが早まるだろうということもあって、共同研究のお話がすぐまとまったという感じですね。
路面水膜厚測定装置を
塩分濃度測定車両に搭載
藤本?現在のところ凍結防止剤を明確な根拠の基で適切に散布できているとも言い難いと思いますが、山田技研さんでは既に、塩分濃度センサーを搭載した車両を開発しておられますね。
山田?ええ、雪氷計測センサーを作りながら、凍結防止剤をどこまで適正に管理できるかというテーマも持っており、15年程前にようやく塩分濃度測定車両を実用化しました。
走行しながら1秒単位で塩分濃度と路面温度を測定できる世界初の装置であり、国土交通省や各高速道路株式会社に採用いただいています。この塩分濃度測定車両を定期的に走行させ、塩分濃度と路面温度の路線分布を測定し、得られたデータを基に路面凍結の危険性を安全、注意、危険の3段階で表示し、凍結防止剤散布の目安としています。しかし、塩分濃度だけで路面凍結の危険性をどの程度正確に把握できているかは明確ではないという課題を抱えていました。
藤本?スリップ事故は、路面氷膜厚やすべり摩擦係数μと密接な関係にありますが、これらと塩分濃度は必ずしも連動しないので、塩分濃度のみで路面凍結の状況を判断するのは困難です。そこで有効なのが、当大学が開発した「冬期道路改善シュミレータWiRIS」による演算です。これを使用すれば、道路管理で確保すべき摩擦係数μを維持するために必要な凍結防止剤の散布量を算出できるのです。この演算に必要な入力事項の一つが路面の水膜厚で、今回の共同研究では車載式路面水膜厚測定装置の開発が一つのメインテーマになります。
山田?そこに弊社の塩分濃度測定車両が一役買えそうだということでしたね。
藤本?路面の水膜厚を測るに当たっては0.1ミリのオーダー(※)で測定したいと考えました。0.1ミリの違いで路面の危険性や撒くべき凍結防止剤の量が左右されるからです。吸水した水の重量を計ると、かなりの精度で0.1ミリ単位で算出されるのですが、道路から吸水してこの方法を用いるのは不可能だと思っていたところに、山田技研さんが実用化されている塩分濃度センサーのことが頭に浮かんだのです。それは今ほど言われたとおり、タイヤの水撥ねを検知して、そこから塩分を計る仕組みで、これに工夫を加えれば、水膜の厚みが演算によって出せるのではと思いました。これを山田社長にご説明したところ、すぐにご理解いただき、試験車両をご提供くださったという流れでした。
※10や100或いは0.1や0.001など、桁数(10のべき乗)のこと。
山田?先生がお考えになった水膜厚測定装置を弊社の塩分濃度測定車両に搭載する。まさに両者の技術が一体になってますね。水膜厚を測る実験はたいへんだったと思います。学生さんも一緒にされたのですよね。
藤本?ええ、タイヤからの水撥ねを噴霧器で模擬し、センサーに何度もぶつけて容量を測定しました。値がうまく取れるやり方を探して地道に繰り返しました。
山田?ものづくりは、基礎研究があって、それを実用的な視点で見直し、どう組み込むかという流れで出来てくるものです。先生方の基礎研究で、こうすればできるよねというのがないと、メーカーとしてはどうにもならない。ここがコラボレーションの一番のポイントになると思います。幸い私どもの技術があって、それに先生の研究成果を組み合わせると非常に効率的になるところがポイントですね。
塩分濃度測定車両
タイヤ泥除け部に塩分濃度センサーを取り付け、タイヤによって飛散した水分から路面塩分濃度を計測する。データは車内表示とともに伝送装置によって遠隔モニタリングもできるようになっており、同時に路面温度も計測できる。
冬期道路改善シュミレータWiRIS
路面温度?水膜厚、気象(気温と降雨降雪量)、交通量、舗装の種類、凍結防止剤散布量を入力することにより、凍結防止剤散布後の路面すべり摩擦係数μを推定するソフトウェア。
「凍結防止剤最適散布判断車両」完成
実用化に向けた試験、検証へ
藤本?水膜厚測定について調べていた先程の室内実験が11月終わり位に目途が立ちまして、それを社長のもとへいったんお返しして、測定装置を車に取り付けていただき、昨日完成しました。
山田?いよいよ実用化に向けた試験ですね。
藤本?はい。2019年1月に、北海道の試験道路で装置を付けた車両を走らせ、実際の道路でどれくらいの精度で水膜厚が測れるか、算出された凍結防止剤の散布量が適正かどうかという検証を行います。制限された交通条件ですけども、そこでどれくらい適用できるかを検証して、その後、実際の道路での試験を実施する予定です。
山田?苫小牧でどういう結果がでるのか。それによってどう分かれていくかですね。それにしても苫小牧は極寒、たいへんな環境ですね。
藤本?マイナス16度とか聞きます。普通の防寒着では通用しないですね。
山田?そういうところまで行って試験をする雪の研究者はたいへんですね。
藤本?ええ、雪の研究者そのものが少なく、特に道路分野というのはかなり少ない状況です。
山田?その背景には、地球温暖化も一因としてあると思いますが、雪害が思わぬところで発生しており、減ったのではなく起こる場所が変わったのではないかと思います。
本研究の成果を海外へ
ビジネス展開にも期待
藤本?実は、今回の研究成果は海外でより興味を持ってもらえるのではと思っています。日本は、雪が多い地域にたくさんの人が住んでいる珍しい地域で、海外では、寒くて雪が降らないところに人が多く、そういう場所の方が路面凍結の問題が起こりやすいのです。ですから、この成果については、最終的には国際規格化を目指しています。
山田?日本は独特ですよね。これだけ雪が降る所にこんなに人口がいるのは日本だけです。そして、日本の雪氷対策の歴史を振り返えると、その原点はアメリカとヨーロッパにあり、これらの国から技術を導入して日本なりにアレンジしていったというのが流れのようです。戦後、車の普及に伴い自動車、道路、そして物流との関係の中で除雪の技術が発展していったわけですね。私が以前学会で話した一つが「いずれ彼の国へ、日本が学んだことを返そうじゃないか」ということです。「日本で、新しい使えるものができたよ」と言って、かつて学ばせてもらったことのお返しができればということです。今回の研究成果は国際規格にして海外でも活用していただきたいですね。
藤本?今回、山田技研さんとさまざまなやり取りをさせていただき、研究の先にある、社会に役立つものをつくる、という点で貴重な勉強ができたと思っています。基礎研究にとどまらず、最終的な社会の出口までを見据えて、企業と組んでビジネスにしていくことが重要だと改めて感じています。
山田?ありがとうございます。私どもにとっては今進めていることと自体が新たな発見であるという実感があります。お互い持っているテーマが同じだった中で、我々ができなかったところを示唆していただきました。そこから使っていただける製品を作り、それを世の中にどう広げるかというところで、これからもよろしくお願いいたします。
藤本?山田社長には塩分濃度測定車両をご提供いただくなどたいへんご協力いただいております。今後さらに試験が続きますが、一層のお力添えをお願いしたいと思います。